海外サッカー顔のバスケ部員

サッカーがうまい人はトラップがうまいのだ、と気付いたのは高校三年生のときだった。

高三の春。わが男子バスケ部に「高校最後の思い出を残したい」という理由で、入部してきた同級生がいた。え、三年生で、今から? 部員たちはざわついた。

ざわついた理由はタイミングだけではなかった。彼の顔面だ。すさまじくサッカー顔だったのだ。ヨーロッパの世界最高峰リーグで活躍していそうな洋風の顔。バスケをする顔ではなかった。

キスをするとき、どうするんだろうと心配になるくらい鼻が高い。額と顎が前に出ている。横から見ると三日月だ。短髪はクルっとカールして茶色がかっていた。

こんなにサッカー顔なのに、サッカー経験はないというから驚きだ。中学ではバスケ部。高校では帰宅部だったらしい。

帰宅部。つまり、私たちが二年間、体育館で臭い汗にまみれている間、彼はキャッキャ、ウフフ、と素敵な放課後ライフを楽しんでいたということだ。

そんなサッカー顔の青春満喫男が唐突にやってきて「部活で汗を流す思い出がほしい」と青春のおかわりをするものだから、反感を買う部員もいるだろう。ましてや高校総体の直前である。

・・・と考えていたのは彼だけだった。無理なお願いですまないと恐縮する彼を前にして、私たち部員は大歓迎だった。バスケ部にはお気楽な人間が多い。変なやつは大好物。「おもしろくなりそうだ」と思った。現に彼はとても愉快な男だった。

まず彼は帰宅部なのに俊足だった。体育祭の百メートル走では、陸上部のなかに一人だけ彼が混ざっていた。あろうことか彼は優勝した。ぶっちぎりで。帰宅部なのに。なんでやねん、と誰もが思った。

受け身の取り方もうまかった。後輩にいじられると「ウェッ」とうめいてギャグをやった。「僕が一番下っ端なんで何でもやります!」と一年生の雑用を奪ったりもした。

彼がいると部内の空気が和らいだ。総体前でピリピリしていたのかもしれない。高校最後の良い思い出を残せたのは、私たちの方だった。

そんな彼は、顔面が海外サッカーリーグなだけでなく、中身も海外サッカーファンだった。

毎日深夜の海外サッカー試合を何時間も観るのだ。あまりに彼が「サッカーおもろい!」と言うので、私も夜更かしして観るようになった。というか、なんでバスケ部入ってきたん。そんなに好きならサッカー部入るやろ。

私はサッカーが下手だ。小学校の体育の時間、「トレセン」とやらに通う同級生にボコボコにされて、このスポーツ嫌いだと思った。だから長年避けていたのだが、ルーニーやドログバなどの有名海外サッカー選手のプレーを観てみると、なるほど面白いと思った。

特に驚いたのが、ボールコントロールである。とにかくトラップが凄いのだ。

ボールを足で蹴って止める、という非日常的な動きに魅了された。神業だ、と思った。勢いよく飛んでくるボールのスピード、角度を瞬時に計算して、それと逆方向で、なおかつ同じ運動エネルギーの衝撃をボールに加える。それをいとも簡単にやってのける選手たちが恰好よかった。

そうか、私はトラップができなかったから、サッカー苦手人間になってしまったのだ、と理解した。

幼いころに、誰かブラジル人ぽい人がやってきて「トラップだ。トラップを磨くんだ!」と言ってくれたなら、私の人生は変わっていたかもしれない。もう今世は手遅れだ。いつか子どもが生まれたら、トラップを教えてあげよう。

***

家の近くの公園には、広々とした運動場がある。いまの季節はレジャーシートをひろげてお弁当を食べるのが気持ちいい。私と息子はピクニックに来ていた。他にも、家族づれをちらほら見かける。

「あ、サッカーしてる」と息子が言った。

広場には、ボールを蹴り合っている少年少女がいた。小学五年生くらいだろうか。サッカー系に特有なカラフルな柄のシャツを着ている。まだ初夏にもなっていないのに、肌はすっかり日に焼けて小麦色だ。

「じょうずだね~」

息子が呟いた。食い入るように見つめている。たしかに上手だ。男の子と女の子(たぶん兄弟)が、十メートルほど離れてパスを出し合っている、さもあたり前のように、片足でトラップをしてボールを完全にコントロールしている。ん?トラップ?

あ。そうだ。教えるチャンスじゃん。

おにぎりを食べ終えた私たちは、家に帰ってサッカーの練習を始めた。サッカーボールを持っていないので、私の空気の抜けたバスケットボールで代用だ。

「ほいっ!蹴ってみて!」と息子に向かってボールを転がす。えいっ、と見事なトーキックでボールをはじき返す息子。明後日の方角に飛んでいくボール。そうか、四歳児にはインサイドキックから教えなければならないのか。私のサッカー熱に灯がともる。

「ここ!足の内側!ここで蹴るんだよ!」と息子にインサイドキックを教える。「こうしたらコントロールできるからね!」と偉そうに言っているが、すべて海外サッカー顔の同級生の受け売りだ。見本のつもりでやってみせると、奇跡的に私のインサイドキックは、息子の方角にピタリと飛んでいった。

すげぇ~、という息子の目線を感じる。「内側ね!内側!」ここぞとばかりに偉そうにアドバイスする。

「こう?」息子がインサイドキックを試している。息子はなんだかゲートボールをしているお爺さんのようなフォームだ。ん~。なんかちがう(笑) ボールはヘニョヘニョと変な方向に転がる。もっと体の前でインパクトして欲しいんだけどなあ。

「前で!」「足を押し出すように!」「もっと強く!」アドバイスを重ねると、少しずつインサイドキックが形になっていった。おお、すごい吸収力。このままいけば幼稚園のサッカー大会でヒーローになれるぞ、という妄想までした(そんな大会があるのかは知らない)。

インサイドキックには二十回ほどの練習を要した息子だったが、トラップの方は一度で成功してみせた。

強めのパスを送ってみても、ピタッと、足の裏を器用に使ってボールを止めるのだ。「そうそう!すごい!その感じ!ピタッと止めれてていいよ!」私は息子をほめちぎる。ほとばしるサッカーのセンスを感じる。これは親バカなのだろうか。あるいは未来の本田圭佑が目の前にいるのだろうか。

「えへへ~」と息子が照れる。親としての快感が押し寄せる。子どもの成長を目の当たりにすることほど嬉しいことはない。長年私の中で溜めてきた秘技・トラップを伝授できた。いい一日だった。ありがとう、海外サッカー顔の友人。

さて、サッカー苦手人間の私は、もう教えられることがない。ちょっと寂しい。けれど、親からあれこれ口出しされるのはウザいだろうから、苦手なスポーツに励んでくれるほうが、親子関係としてちょうどいいのかもしれない。バスケしてほしいけど。サッカーでもいいかも、と思えた昼下がり。

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