ロシア語で伝えたい上司への感謝

自分は罪悪感で動くタイプの人間だ。

「この人を失望させてはいけない」がモチベーションになっていることが多い。正直ちょっと生きづらい。「自分の好きな気持ち」を原動力にできたら楽しいだろうなと思うけれど、気がついたら、周りの目を気にしている。

「文章を書くこと」もそうだ。私は文章を書くのが好きなのだ、と思い込んで一年近くブログを書いてきた。しかし、よくよく考えてみると、根っこの部分は、尊敬する上司に対する罪悪感だったように思う。

数年前、私の職場に五十代のオジサンがやってきた。

ロシア語が堪能なオジサンだった。彼は私の所属する小さなプロジェクトチームに入ると、たちまちリーダーを任されて上司になった。この上司から社会人として大切なことをたくさん学んだ。

上司は新しいもの好きだった。「了解です」の若者言葉「り」を多用した。メールチェックはアップルウォッチだった。「こんなの買っちゃった」と、電動キックボードの画像を見せてくれた。名探偵コナンに出てきそうな、近未来的なキックボードだった。

「これどうしたんですか」と聞くと、クラウドファンディングで申し込んだのだと言う。ニュースでたまに見かける「クラウドファンディング」。使う人を見るのは初めてだった。

「技術職ならアンテナは立てとかなきゃ」というのが上司の口癖だった。上司はギズモードなどのテック系ニュースサイトをこまめに読んだ。「そういうのも読むんですね」と何気なく言ったら「偉い人も案外こういうところから情報集めてるんだよ」と教えてくれた。私も読むようになった。

上司はたびたびロシア語でLINEを送ってきた。ロシア語圏に海外駐在したときに習得したものらしい。当然私は読めない。グーグル翻訳を使って日本語に訳し、またグーグル翻訳を使ってロシア語で送り返すという面倒くさいやりとりをした。「ありがとう」のロシア語は今でも覚えている。

こんな話がある。海外出張中、上司がとあるレストランで食事をした。綺麗なロシア系のウェイトレスさんが担当してくれたそうだ。食事を終え、席を立とうとした上司。そのウェイトレスさんが近寄ってきて、耳元でささやいた。

「・・・ニエザシタ♡」

「あれはゾクッとしたよね」と上司は嬉しそうに言った。ありがとうはニエザシタ。上司にメールするときは「ニエザシタ」を使うようになった。

上司は若々しく、ニ十歳以上離れているように感じなかった。いい意味で友達のような親しみやすさがあった。それでいて部内の誰よりも仕事ができた。尊敬しないわけがない。そんな大好きな上司から、こんなことを言われた。

「君は文章がうまくならないねえ」

私の報告書に対するひと言だった。上司は一年間、私の報告書を根気強く添削していた。「新聞みたいに書くんだよ」とアドバイスもくれていた。しかし、私は作文に興味がなく、報告書をちゃんと書かなかった。それを見かねての、上司からの忠告だった。

すごくショックだった。非難されたのがつらいというよりも、尊敬する上司を失望させてしまったのが哀しかった。申し訳なさでいっぱいになった。

いつかこの人に認めてもらえるような文章を書けるようになりたいと強く思った。文章術の本をたくさん読むようになった。こうしてブログも始めた。

きっと上司のあのひと言がなければ、ブログを始めていなかっただろう。報告書が汚いことで発生する不利益の数々にも目をつぶって生きていたに違いない。想像すると背筋が凍る。

上司さん。あのときは、ニエザシタ。

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