記憶の苦手な私が、これだけは記憶しておこうと誓ったもの

「何かを記憶する」という行為が苦手だ。

「記憶しなきゃ」と想像するだけで、心がシオシオになってしまう。とにかく苦手。「覚えなさい」は闇の魔術に数えていいくらい許されざる呪文だと思う。すごく苦痛なのだ。どうしてこんなに記憶が苦手なのだろう。分析してみると、ダメな特徴が二つ思い当たった。

ひとつめの特徴は、脳内のDeleteボタンがバグっていることだ。

私の脳みそは、許可した覚えもないのに、勝手に情報を削除する癖がある。とても困っている。おかげで、よくスーパーの入り口あたりで「あれ、なに買うんだっけ」と立ち尽くすはめになる。久しぶりに卒業アルバムをめくれば「こんな人いたっけ」と謎の同級生が増えていたりもする。

もうひとつの特徴は、記憶ストレスに弱いことだ。

「覚えておかなきゃ」と思うと、強いストレスを感じて、すぐに疲れてしまう。興味の薄いものに対しては特にアレルギー反応がでる。他人の生年月日が覚えられない。無理に記憶しようとすると、Windows Vistaをインストールしてしまった古いパソコンみたいに、頭の動きがもっさりしてくる。

記憶が苦手な私は、メモに頼って生きている。大学生のときに読んだ自己啓発本『ゲティング・シングズ・ダン(GTD)』には衝撃を受けた。

GTDの理論によると、頭にある「やるべきこと」をすべて紙に書き出せば、モヤモヤが晴れて、生産的な人間になれるらしい。

「人間は記憶し続けることによってストレスを感じる。そのストレスが行動を阻害する」という趣旨のことが書かれていて、まさに私のことじゃないか、と感動したのを覚えている。それ以来、メモに傾倒するようになった。

親戚の生年月日は、すべてスマホにメモしている。書き出してみると「ああ、もう覚えなくていいんだ」と思えてスッとする。仕事では研究ノートに考えを書き出す。家では気付いたことをキャンパスノートに書き残す。メモを見ながら、今日のブログネタを考えている。

なーんだ。記憶しなくても、全然大丈夫じゃん、とお気楽に生きていたのだが、先日とても困る出来事があった。

妻の誕生日パーティをしていたときのことである。親戚も招待して、みんなでケーキを食べていた。子どもたちは好物のいちごケーキに大盛り上がり。「今日は何の日でしょう?」と訊いてみると「母の日!」と元気な返事が返ってくる。惜しい!

その話の流れで、子どもたちを交えて「みんなの誕生日を当ててみようクイズ」が開催されることになった。「じーじの誕生日は何月何日でしょうか?」「えー、7月?」「ぶー!」みたいなクイズ大会だ。

私は冷や汗をかいていた。親戚の女の子(三歳)の誕生日をどうしても思い出せなかったのだ。もちろんスマホにメモはしてあるが、取り出して見られる雰囲気ではない。

無類の強さを誇ったのは、妻と義母だった。この一族には「一度触れた相手の誕生日を永遠に記憶する特殊スキル」が受け継がれているのではないか、と思うくらい、あらゆる親族の誕生日を記憶していて驚かされる。なんで私の家系の誕生日まで覚えてるのだろう。

私の誕生日を当てる番になったとき、予想外の声があがった。「パパの誕生日は〇月〇日だよね!」息子だ。しかも正解である。

「すごーい!」と歓声があがる。驚いた。ほとんど一年前の私の誕生日を、ぴったり日付まで記憶しているなんて。やはり血筋だろうか。妻の血をひく息子にも、特殊スキルが備わっているのかもしれない。

私は「すごーい!」と言いそうになって、寸前で言葉を飲み込んだ。「〇〇ちゃんの誕生日はいつでしょう」というクイズが始まったからだ。私が思い出せないでいる親戚の女子の誕生日だ。ここで目立つのはやばい。回答権が回ってきたらどうしよう。

「ごめん、きみの誕生日おぼえてないや」と正直に言えばいいだろうか。無理だ。横にいるキラキラした顔の三歳児相手に、そんなむごいことを言えるはずがない。確実に嫌われてしまう。

たのむ、私を当てないでくれ!

かろうじて私は回答者を逃れた。ほっと息をつく。正直、生きた心地がしなかった。このときばかりは「生年月日はメモしておけばOK」なんて軽々しく考えていた自分を恥じ入った。

記憶するとは、情報を保存することだと思っていたが、それは間違いだと気がついた。記憶することは、相手を思いやることなのだ。

妻や義母が親族の誕生日を記憶しているのは、記憶力がいいから、という理由だけでは片付けてはいけない。きっと「そろそろ誕生日だな。お祝いしてあげたいな」と折にふれて思い出すから、記憶が定着しているのだ。他者を思いやる気持ちの強さが、記憶の確かさに繋がっているに違いない。

そう考えると、なんて私は薄情な人間なのだろう。他人の誕生日を覚えないって、とても失礼なことだったんだと思い知らされる。

これからはせめて誕生日は記憶しておこう。今度もし誕生日クイズに出くわしたら「もちろん知ってましたけど何か?」という顔で正解してみせるのだ。

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