ニワトリに前十字靭帯はあるのか?

退院祝いにニワトリの足をいただいた。

それは義父の気遣いだった。前十字靭帯の再建手術をうけた私は、三週間の入院生活をへて、味の濃い食事に飢えていた。そんな心情を見越した義父が『骨付き鳥』を用意してくれていたのだ。なんて優しいのだろう。

『骨付き鳥』は、ニワトリの骨付き肉を使った郷土料理だ。たっぷりの塩コショウと、にんにくをもみ込み、下味をつけ、骨が付いたままグリルに投入。こんがりと焼き上げる。骨まわりのもも肉はジューシーで、とんでもなく旨みがつよい。私の大好物である。

さっそく家に持ち帰り、食べようと思ったところで、ニワトリのひざが目に入り、ふと疑問がわいた。

私のひざと同じように、ニワトリにも前十字靭帯はあったりするのだろうか?

こんな疑問を持つのは、自分でも変だなと思うのだけど、ひざを怪我をしてからというもの、毎日、前十字靭帯のことばかり考えていたので、実際少しおかしくなっていたのかもしれない。

人間に限らず「ひざ関節」を見れば、前十字靭帯が思い浮かぶ。そして、疑問が浮かんだ以上は、ニワトリにそれがあるのか、確かめなければ気が済まない。

もう解剖するしかない、と思った。

せっかく義父からいただいた快気祝いだ。本来なら美味しく食べるべきである。だが、靭帯の不思議に憑りつかれた私の目には、もはや料理ではなく、検体に映っている。

どう食べればおいしいかよりも、どう食べればひざ関節がキレイに露出するかの方が気になってしまっている。家族に向けて私は宣言した。

「この骨付き鳥を食べたら、ひざを解剖して前十字靭帯があるか調べようと思う」

食事前に不気味な発言をする私を、父はややしかめた顔で見つめる。大学で化学を専攻していた母は「おもしろそうね」と乗り気である。

はたしてニワトリに前十字靭帯はあるのか。それともないのか。

私の予想では、きっと無いだろう、と思われた。というのも、ニワトリさんの細いひざ関節の中に、十字靭帯のような複雑な関節内靭帯構造があるとは思えなかったからだ。

ニワトリは体重が軽い。つまり、ひざへの負担が少ないので、靭帯で固定する必要がさほどない。おそらく人間のひじ関節のように、関節の外側にだけ靭帯がついた簡易的な構造をしているに違いない。そんなふうに考えた。

さて、いよいよ解剖である。

まずは骨回りの肉を除去せねばならないので、私はガブリと肉にかぶりついた。病院食に慣れた舌をピリリと胡椒が刺激し、にんにくの香りがガツンと鼻を抜ける。

うまっ。

なんだこいつ。検体のくせにうますぎるじゃないか。ああ、そういえば快気祝いのご馳走なんだった。忘れてた。私は肉を堪能し、丁寧に骨までしゃぶり尽くした。うまかった。

続いて、ひざ関節の外科手術に取り掛かる。これまで何十回と食べてきた『骨付き鳥』だが、ひざの内側を見るのは初めてだ。どきどきする。

まずはひざの外観を眺めてみる。軟骨っぽいものに覆われている。ひざの中は、見えない。少し捲れるかと思い、大腿骨とスネのあたりを持ち、左右に捻ってみるが、ひざはビクともしない。強い。

かくなる上は、ひざを逆側に折り曲げて、ひざ関節をぶっ壊すしかないか。

「ひざ関節をぶっ壊す」という考えが頭をよぎった瞬間、手術を受けた自らの左ひざがうずいた気がした。背筋がゾワっとした。

だんだんと罪悪感が押し寄せてくる。ひざを治してもらった人間が、ニワトリさんのひざを折ろうとしているのだ。どうかしている。

ひどいバチがあたるのではないか、と思えてきた。おいしく食べてもらえるはずだったニワトリさんも、きっとこんなことをされてトサカにきていることだろう。ごめんなさい。

ええい、ここまできて後に退けるか。私はこのひざを折るぞ!

駄菓子屋に売っているチューブアイスを半分に折る要領で、ニワトリの足に力を込める。ぐぐぐ。ひざに掛けてはいけない力が加わっていく。

だが、なかなか折れない。ひざ靭帯が持ちこたえる。靭帯の強さが、存在が、手を伝って感じられる。ものすごい背徳感だ。

ぐぐぐ・・・。

ばきっ!という音と共に、ニワトリさんのひざが真っ二つになった。中はどうだ? おそるおそる、ひざ関節のなかを覗いてみた。

うっ。ぐろい・・・。今さらながら気分が悪くなる。なにしてんだろう私は。

それでも見る。ぐーっと見る。すると、5ミリ幅の割けるチーズのようなものが二本、十字にクロスしているのが見えた。

ああっ。これは。

前十字靭帯と後十字靭帯に違いない。そうか。ニワトリにも前十字靭帯はあったのか。こんな小さなひざに、ちゃんと存在していたのか。

なんて感慨深いんだろう。私は太古に思いを馳せた。人類は鳥から進化したという説がある。前十字靭帯という複雑な構造が、人間と鳥類に共通しているのを目の当たりにすると、やはり同じルーツだったのだと実感する。とても興味深い。

おもしろ半分で試してみたが、なんだか学術的なことをした気分になった。

後日、リハビリの先生に『骨付き鳥の解剖研究』の話をした。興味をもってもらえると思ったが、私が予想した反応とは違ったものが返ってきた。

「あ~それね。手羽先の方が面白いよ」

さすが、医者は一枚上手だった。

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