成人男性の掌の隙間から放たれるウォータージェットの初速に関する一考察

はじめに

お風呂に入るとき、ついついやってしまうのがウォータージェットだ。

両手の指をクロスさせて、掌をギュッと密着させる。すると、小指側の掌のすき間から、すごい勢いで水が飛び出てくる。私はこの技を「ウォータージェット」と呼んで重宝している。

習得したのは小学生のときだった。当時、私はスイミングスクールに入会していて、ハードな時期は週に四回も通い詰めるほどだった。才能が無かったのか、泳ぎはうまくならなかったけど、その代わり、なぜかウォータジェットばかりが上達した。

いまでも私のウォータージェットの技術はかなりのものだと思う。威力、精度、ともに素晴らしく、浴室に迷い込んだ蝿くらいなら撃ち落とす自信がある。

お風呂に入るときは、子どものおへそを狙ってピューとウォータージェットをお見舞いしている(もちろん手加減している)。

本研究の目的

先日、おへそにジェットを受けてキャキャキャと笑う娘を見ていると、ふと疑問がわいた。

もし私が本気を出したら、ウォータージェットは、いったい時速何キロくらい出るのだろうか。

無いとは思うが、万が一、子どもが怪我をするほどの速度が出たらまずい。

よし、計算してみよう。

計算方法

ちゃんと計算するなら流体方程式を解くシミュレータが必要だけど、あいにくお風呂にそんなものはないので、頭の中だけで処理しなくちゃいけない。となると、流体方程式は難しいので諦めよう。物理学者は怒るかもしれないが、水の変形を無視して剛体とみなし、ニュートン力学で解いてみる。

掌のすき間を「断面積1cmの円」だと仮定し、そこから「体積1cmの変形しない水球」が射出されるというモデルからスタートしてみた。

射出されるときの動作は、どんな風にモデル化できるだろうか。手の形が複雑だなあ。とても計算できない。思い切ってストローみたいな形で近似してみるか。

掌をギュッと握りこむと、そのパワーがストローの中の水球に加わって、直線的に加速され、掌のすき間から飛び出す仕組みだと思ってみるのだ。ビーダマンのイメージに近い。

そうなると、水球が加速される距離はどれくらいだろうか。掌の幅が6センチ。だから、最大6センチ加速できるけど、平均的に見れば、その半分の3センチくらいが妥当な助走距離だろう。

また、掌を握り込む力はどのくらいだろうか。私の握力は40kg重だが、ウォータージェットをするときは、それほど水に力が加わっていないように感じる。ざっくり10分の1として、4kg重で水球を加速したと思うことにした。

さて、だいたい役者がそろってきた。そろそろ方程式を立てよう。水球の初速vを求めるためには、vが式に入ってきてほしいから、ニュートン方程式そのものではなくて、その積分形である「エネルギー保存則」を使おう。

つまり、重さm(=1グラム)の水球を、掌の力Fhand(=4kg重)で距離d(=3センチ)だけ押し続けて与えたエネルギーが、変形や摩擦などに散逸せずに、すべて運動エネルギーに変換されると見なして考えるのだ。シンプルすぎるけど、まあいいだろう。

あ、そうだ。水球を押し出すとき、反対側から空気で押し返されるから、そのことも考えなくちゃいけないな。空気の圧力が約1000ヘクトパスカルで、断面積が1cmだから、空気が押し返す力Fairは10ニュートンくらいだな。

さて、エネルギー保存則をつかって方程式を立てよう。こんな式になるだろう。

(Fhand-Fair)×d=1/2×mv

高校の物理を思い出すなあ。

結果および考察

重力加速度を10として、速度vについて解くと、以下のようになった。

v=√{2(Fhand-Fair)d/m} ≒ 42.4[m/s] ≒ 153[km/hr]

えっ、時速153キロ!?

甲子園の松坂大輔より速いじゃん。やばっ。気軽にウォータージェットしてたけど、いつか魔貫光殺法になるかもしれない。気を付けよう。といっても、今回は水の変形や空気抵抗を完全に無視しているので、実際はエネルギーが吸収されて、もっと遅くなるのだろうけど。

こんなことを考えながら、風呂場で虚空をみつめ、ぼーっと計算していた。ハッと我に返り、娘をみると、お魚のおもちゃで遊んでいる。ああ、ずっとひとりで遊んでいたんだね。こんなパパでごめんね、一緒にあそんであげなくて。おまけにパパ、掌から魔貫光殺法を出す天津飯なんだ。怖いよね。

あとがき

こういうことがよくある。

大学で物理を学んだ弊害(?)なのか、職業病なのか、日常のささいなことを計算してみたくなり、いろんなことをほっぽり出して、虚空を見つめてしまう。自分は変なのかな、と思っていたのだけど、最近読んでいる本「物理学者のすごい思考法」を書いた大阪大学の橋本先生が、(良い意味で)もっと重症だったので、ちょっと安心した。

ところで、この本、めちゃくちゃ良い。超ひも理論を専門とする第一線の理論物理学者が書いたエッセイなんだけど、日常に仮説を立てて、実際に計算してみるところが面白い。たしかに計算はあってはいるが、前提が社会的にずれてるから、ツッコミどころがあって、ユーモラスな結末になる。鶴亀算を応用した「ギョーザの定理」は必見だった。

物理学を学んだものとして、共感する部分がとにかく多い。徒歩通勤を経路積分に例えたくなる気持ち、よく分かる。エレベータに乗れる最大人数を数えるときに、人間を立方体とみなし始める「近似病」については、私も立派な患者だ。今回、掌をストローで近似したし。めちゃ分かる。

あと、普通に勉強になることも多くて、たとえば、超ひも理論を可視化しようとして作った「時間が2次元的に流れる小説」には「あっ」とおどろいた。ぜひ見てほしい。

橋本先生みたいに面白い科学エッセイ、書けるようになりたいなあ。

参考文献

橋本幸士著「物理学者のすごい思考法(インターナショナル新書)」集英社インターナショナル(2021年).

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